テニスクラブのContrast 〜嬉し恥ずかしデートの対比。 後編〜

さんの場合』

高級レストランに強制連行されて、しかもメニュー見ても何がなんだか
訳がわからんかったせいで甚だ不本意ながら俺様コーチに注文を
任せざるを得なかった嬢は目下のところ、
注文した品を待っている最中だった。

が、落ち着かないことこの上ない。
とゆーのも、一緒にいる相手とは会話のしようがないからである。
只でさえあまり長く顔を合わせたくない人種だというのに
食事の席でそんなのを目の前にすれば日頃マシンガントークの名を
ほしいままにしている少女といえど話題が出てこないのは自然と言えよう。

故に、優雅なレストランのこのテーブルの一角だけは
他人様から見てもわかるくらいの気まずい空気が流れていた。
さんの頭の中は『頼むからはよ帰らせて〜。』の一点張りである。

「さっきから何ゴソゴソしてやがる。財布でも落としたか。」

逐一さんの行動を観察している跡部氏がいらんことを言ってくる。

「いや別に。」
「まぁ、落とした所でてめぇのはした金なんざ
 欲しがる奴がいるとも思えねぇがな。」

こいつはまたいらんことを。
大体、バイトもしてへん高校生がそうそう金を持ってる訳ないやろ。
と、さんとしては突っ込んでやりたいが
金持ちのお坊ちゃんに言っても徒労に終わるだろうと思ってその辺は我慢する。
いや、その辺の間違いか。

とりあえず一連の会話を終えてまた沈黙。
耐えられない。まったくもって耐え難きは耐えられない。
異様な組み合わせと雰囲気に周りの客が事あるごとにチラチラ見てくるし、
コソコソ何か言ってるし。
近くにいる客が一言漏らしたのがさんの耳に入る。

「何だ、アレ?」
「先生と生徒じゃないの。」

それはあながち間違いではない。(不本意ながら)
が、次に少女の耳に入ってきた言葉は全身全霊をもって全否定したい代物だった。

「いや、親子だろ。」

も、もうアカン!

 ガタッ

この時のさんの行動は跡部氏が『レッスン中もそれぐらいやれ』と
言うであろうくらい素早かった。

「おい、クソガキ、どこ行くつもりだ。」

全否定したい言葉をたまたま耳にしてなかったせいで
何のことかわかってない跡部氏が怪訝な顔をする。
(聞こえていたら跡部氏はそんな言葉を口にした連中の所へ
直接抗議に行った可能性が高いが)

「ちょいと、お手洗いへ。」

少女は引きつりまくった顔でそうまくし立てると、
煙でも上がりそうな勢いでお手洗いへと逃げていった。


そうやってしばらくは誰もいないのをいいことにお手洗いでブツブツと
何で私がこんな目にとか、あの俺様コーチ暗殺してもええもんやろか、とか、
大体誰が親子やねん、遺伝子学的に有り得へんってわからんのか、とか
ひとしきり1人でぼやきまくってからさんが戻ってきてみれば
注文した料理がきていて、跡部氏がふんぞりかえって生徒の帰りを待っている所だった。

「遅ぇんだよ、いつまでかかりやがんだ。」

それよりさんとしてはこの人が大人しく自分が
戻るのを待っていたことが驚きである。
今までのパターンを考えれば先に食ってそうなもんだが。
しかし今はそれ所ではない、エネルギー切れになってから
更に待ちぼうけを食らっていた腹が限界に来ていた。

そしてこの瞬間、少女は餌に負けた。


さんの場合』

カラオケルームにて受難中のさんは本当に難儀していた。
とゆーのも、目次本を(めく)れば自分の好きな曲は
いっぱいあるのだがまともに人前で歌いきれるかどうかに
ついては大変な疑問形であるからだ。

千石氏は1人、ご機嫌で歌いまくっているがさんはまだ1曲も選曲してはいなかった。

ちゃん、どーしたの?」

本を捲ってばかりの生徒を不思議に思ったのか、千石氏が近づいてくる。

「まだ全然歌ってないじゃん。俺はいいから早く選びなって☆」

だから問題はそーじゃない…いや、やめておこう。
さんはいよいよ困った。そろそろ限界のようだ。
えーい、どうにでもなれ!

ヤケクソを起こした彼女は高速でリモコンを操作、選曲番号を送信する。
番号は送信不良を起こすことなく無事受信された。
そして流れてきたのは、

「え?」

千石氏の目が点になった。
まぁ無理もなかろう。

「ど、童謡?」

そう、やけを起こしてしまったさんが適当に
押した番号は童謡のものだったんである。
これぞ日本の文化、文部科学省は喜ぶべきであろう。
とか言ってる場合ではない。

「あ、あのさ、ちゃん、そーゆー趣味なのかな?」

額に汗で苦笑しながら尋ねる千石氏にさんは歌うのに集中して答えない。
本当はさんだってかなり恥ずかしいんである。
ちゅうか不本意なんである。
だけど仕方がないんだ、まともに歌えるもんがないんだもの。
どうしようもないではないか。

曲が終わった。

 シーン

狭い個室内が静まり返る。

「え、えーと…」

千石氏がおずおずと口を開く。

「ま、ちゃんが好きなんならしょうがないの、かな?」

とか言いつつ、口調は完璧に『マジかよ?!』といわんばかりだ。
さんはというと、穴があったら入りたい心境だし
本当にどうしたもんかわからん状況である。

早く帰らせて。

そんなフレーズが脳内に点灯する。
一方、生徒のそんな様子をしばらく見つめていた千石氏は
何やら考えている様子だ。

さんは今のうち、とリモコンを操作する。
面倒なことを話しかけられる前に何か歌っておこうという
少々姑息…もとい、ささやかな自己防衛手段である。
千石氏がうんうん考え込んでる間にも
(しかも彼はいつの間にか部屋の隅にうずくまって頭を抱えていた)
流れてきたのはまたも童謡、それも『森のくまさん』ときている。
さんの選曲基準がどうなってんのかを考えてしまう1曲であるが、
例によって別にこれといった意図はなく、適当なのだ。

とにもかくにもこの空気がやってられない、と適当に歌っていたさんだったが

 ブチッ

いきなり曲が途切れた。

「はい、そこまで☆」

え、と思ってさんがキョトンとしてると
いつの間に部屋の隅っこから復活したのか、千石氏が
ニッコリ笑ってリモコンを握っている。
その指がぎゅっと押してるのは演奏停止ボタンだ。

「え、あの、コーチ、何で…」

とか言いつつ、さんの内心は犯人こいつか、と舌打ち。

ちゃん、別に無理しなくてもいいんだよ。」
「はい?」
「だからさ、別にうまく歌おうとしなくていいって。」
「私、別に…」

とは言うものの、さんとしてはどうもばれちゃってるらしい現実に
うろたえるしかない。
しかも千石氏、また顔近いし。

「あのさ、ちゃん。俺思うんだけど、こーゆーのって
自分が楽しめればいいと思うんだよねっ。」
「あ、えと…」
ちゃんだってそうでしょ。」

そりゃまぁそうですけど、とうっかり呟いたのが運のツキだった。
お調子モンが約1名、ほらやっぱり、ときっちり乗ってしまっている。

「じゃ、気を取り直してもう1曲行こっか。ね?」
「はい。」

こうしてヘラヘラコーチにうまいこと乗せられて、さんはきっちり折れた。
乗せられちゃった少女の頬はほんのり赤い。
かくしてここに絵に描いた様なデートイベントが発生、
そして2人はこの後2時間ほど歌いまくったのであった。

ここで間違っても間違ってなくても『何だ、この乙女ゲーム状態は。』と
突っ込んではいけない。


とまーこんな具合に、性格正反対の2人の少女がうかうかと
相手の術中に嵌っているうちにそろそろ事は仕上げに入っていくのであった。


さんの場合』

餌に負けた嬢は現在奮闘中だった。
先にも述べたかもしれないが、彼女はこういったフルコースの
洋食におけるテーブルマナーたるもんが全然わからない。
現時点でもどのナイフとフォークから使えばいいのか困惑してる始末だ。
だからといって、目の前で優雅に食してる最中の
感じの悪いにーちゃんに直接聞くのは彼女のプライドに関わる。
(それはもうあらゆる意味で)
で、結局少女が至った結論は何とか見よう見まねでやってみよう、
とこういうことだった。

とはいうものの、日頃箸で食事することの方が断然多い人にとって
ナイフとフォークを使うこと自体がやりにくくてしょうがない。
しかも運の悪いことに、この店で使われている高そうなそれは
さんの手には重かった。

メッチャやりにくい、何なん、これ。
こんなもん箸使(つこ)た方がよっぽど要領ようて(良くて)合理的やん。

躍起になって魚を切ろうと努力する少女の様子は傍目からすると
何とも言えない何かを醸し出していて、
無論目の前の人物にも少なからず影響を与えた。

「クククッ。」

突然前方より漏れる感じの悪い笑い方にさんは思わず手を止める。
一体何やねん、と言いかけたが聞いたらろくでもない返事が
返ってきそうなのでやめておく。
しかし跡部氏はまだ感じの悪い笑いをやめないもんだから
何だか気になってしょうがない。

「おい、お前。」

何とか笑いを抑え込んだのか跡部氏が口を開く。
しかし肩がまだ震えまくっている。

「1人コメディー劇場でもやってるつもりか?」
「何でやねん!」

ついつい場所をわきまえずに突っ込んでしまうのはさんの悲しい(さが)である。

ってーゆーか、こいつ、この場でフォーク突き刺したろかん。

一方の跡部氏はまだククク笑いをやめない。

「あのー、さっきからどないしはったんですか。」
「これが笑わずにおられるか。」
「何で。」
「どうやったらそんだけ不器用にナイフとフォークが使えるんだ、ああ?
小学生でもお前よりまともに使うぞ。」

このやろーっ!!

さんはとうとうテーブルをバンと叩いて椅子から立ち上がり…そうになった。
かろうじてそれは我慢したけど。
それにしても…

もうカンベンならん、このムカつくコーチ!
明日のレッスンの時ボール10個ぐらいわざとぶつけたる!!

とか何とか内心で思いつつ、苦労しながら高級な鯛を食するさんの顔は
本人もそれとは知らずに大変に幸せそうなものだった。
餌に負けた人間はいつだって悲しい。

そして食料摂取に集中していたさんはまるっきり気がつかなかったが、
跡部氏はさんが食っている間不気味なくらい
穏やかな表情で様子を見ていたのだった。


さんの場合』

さて、カラオケルームにおいて歌いまくった嬢と千石清純氏は
カラオケルームを後にして車に乗って移動中だった。
いや、どっちかというと歌いまくっていたのは千石氏の方という気もするが
細かいことはこの際どうでもよろしい。
肩の力が抜けたさんの方も友人と一緒にカラオケに来た時と
あまり変わらんノリで歌っていた。
たまに選曲番号を間違ったり、機械の方が受信不良を起こしたりしてたのは
まぁご愛嬌である。

「いやぁちゃん、なかなか歌上手なんだねー♪」
「どうも…」
「ちなみに俺もあの曲好きなんだよねっ。」
「へぇ。」

今の車内における会話のノリはあんましよくないかもしれない。

「よっし、じゃ今度のデートの時も一緒に行こうね☆」
「そ、それは…」
「大丈夫だよ、仕事サボったりしないから。」

誰もそんな話はしてないのだが…
さんはやれやれ、とこっそりため息をつく。

「ところでコーチ、これからどこへ行くんですか。」
「それはこれからのお楽しみ☆」

千石氏の頭からまた八分音符が飛んでるのが見える。
また人が多いようなろくでもないところに引きずられなければ
いいがとさんは不安になる。
窓の外は夜景が綺麗だが、そろそろ高校生は帰った方が良さそうな時間である。

しばらくたった頃…

「はい、着いたよ、ちゃん☆」

声をかけられてさんは我に返る。

「着いたってどこに?」

千石氏はいいからいいから、と生徒を急かす。
訳のわからないままにさんは今度はどこに
引っ張ってこられたんだろうと車を降りてみた。

「あれ、ここって。」

さっきからカップルが出たり入ってるビルを見てさんはおや、と思う。
あまり普段デートスポットの類に頓着することなぞないが、
テレビで見たことくらいはある。
確か展望台からの景色がいいということで人気のある所だ。

「さ、ちゃん。」

で、一体どんな術を持ってるのか千石氏が気配もなく
目の前に立って手を握っていた。
そのままさんは手を引かれていったのだった。

引きずられ人生か?



さて、何だかんだで長々続いたデート(多分)だが
そろそろ終わりが見えてきそうである。


さんの場合』

さんはやっとこさ分不相応な店で半分格闘状態だった食事から開放された。
さて、そろそろ帰れるかなーと思ったが生憎そうも行かないらしい。
それというのも跡部氏が『帰るぞ』と一言も言わなかったからである。
時刻は制服姿の約1名がウロチョロしててはまずい頃合だ。

「あのー、」

車に乗っけられたさんはこれで何度目か
数えるのをやめてしまった問いかけの言葉を発した。

「あ、何か言ったか。」
「いや、その、」
「心配すんな、今から家にちゃんと帰す。てめぇなんざ誘拐したって
 一銭の得にもならねぇよ、寧ろ食費で出費がかさむ。」
「頼むからもう黙っといて。」
「てめぇが黙ってろ、このクソガキ。」

いい加減さんもいらんことを言わないようにすればよいものの、
どうしても突っ込みたい衝動に勝てない体質のようである。
まぁ跡部コーチに会った最初の日からろくでもない目に
遭わされていたらこれくらいはしたくなるのも無理はないが。

「まぁとりあえずだ、」

さんはここで跡部氏がビミョーに機嫌が良いことに気がついた。
(勿論、そこで思ったのは『うわっ、不気味!』の一言だが。)

「阿呆でも荷物持ちには役に立ったからな。」
「なっ…。」

どこまで人を馬鹿にすんねん、この俺様!

と言おうとしたさんにいきなし跡部氏が前の座席から何か投げてくる。
さんはほとんど本能的にそれをキャッチした。
毎日の跡部氏の球出しに慣らされたせいで
昔より大分反応が良くなった気がする。
見事一発で受け止めたのは紙包みで、中を開けてみると真新しい髪飾りだ。

「コーチ、あの、これ。」
「駄賃だ、とっとけ。後、食事代も奢りだ。」

そして、さんはキョトンとした。
それはもう今までの人生でこれほど呆けたことは
ないくらいの見事なキョトン振りだった。


さんの場合』

さんは千石氏に連れられて、展望台にやってきた。
辺りには既に何組かカップルが見受けられるが
皆さん自分のことに忙しいらしく歳の差大きすぎの
2人組(しかも片方は制服)がやってこようが何だろうが気にしている様子がない。
地震でも来ない限り彼らが気にすることはないだろう。

「ちょっと風きついね。」

千石氏が言った。

ちゃん、平気?」
「はい。」

さんは何だか夢見てるみたいでちょっと頭がぼーっとしてる。
ま、こんなシチュエーションなんだから、しょうがない訳だが。

「ほら、こっちこっち。」

ぼーっとなってるさんを千石氏が呼んでいるあたりは
完全に恋愛シミュレーションゲームのデートイベントだ、
ちょっと突っ込んでみたくなる。
言われるままについていったさんだったが、

「わぁ。」

思わず歓喜の声が上がる。

目の前に映るのはきらびやかな夜景。
夜の黒をバックに都会の明かりがイルミネイションのごとく広がっている。

「いいでしょう〜。」

横で千石氏が何故か得意げに言う。

「絶対ちゃんに見せようと思ってさっ☆」

さんはとにもかくにも景色に見入ってしまっている。
まさか散々な思いをした後にこんなオチ…じゃなかった、
吃驚が待っているなんて誰が期待なぞしようか。

「ね、気に入った?」

返事は言うまでもあるまい。

「はい、凄く。」

もはや彼らに対してはこれ以上言葉は必要あるまい。
そしてここに恋愛シミュレーションゲームのデートイベント成功が宣言された。



こうして色々あったよーななかったよーなデートは終結を迎える。

「ほな、どうもご馳走様でした。それに送ってもろて有難うございます。」
「ほぉ、てめぇに礼がちゃんと言えたとは驚きだ。」
「そらコーチの日頃の態度に問題があるんでは…」
「食事代請求するぞ、このガキ。」
「この鬼軍曹!」

「じゃ、ちゃん、また明日ね。」
「はい、有難うございました。」
「いいからいいから。また行こうよ、今度は仕事サボらない程度に準備しとくからさっ。」
「い、いえ、その…」
「それじゃーねー♪」
「顔に手をやらないでください!」

To be continued.
作者の後書き(戯言とも言う)

や、やっと終わった、デート編…。
長かった。そして私は辛かった。(文が出ないから)
何かラストが尻すぼみですがこの辺が限界でした。
で、今回はいつも割に合わないことが多い嬢もちょっと救いがあるようにしてみました。
いつも跡部氏に蹴られたまま終わるんでは可哀想なんで。
とにかく何とか終わりにこぎつけることが出来てほっとしてます。

でも、この連載自体はまだ終わりじゃありません。
いつになるかわからない次回作に(笑)どうかまたご期待ください。

2006/12/10
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